センタク。
人は一日に20,000回以上選択をしているといいます。
そんな日々のたくさんの選択をしていても
何かの責任や義務を考慮するようになると、いつの間にか出来ないとか知らないという選択をしてしまうことがある。
できるできないを口にすることより
それを口にした人にとっては、実はは選択肢そのものがないのかもしれない。
自らの選択をなかったことにしているのだと思うのです。
『うけたもう』
(山伏界隈ではこれしかない)

受け入れる
なかったことにせず、しっかりと受け止める。
受け入れるということは、受け手がまず自然体であることが大切です。
出来ないということを選ぶ理由として、自信がないとかやったことがないとか、他人と比べての優劣をみたり遠慮して避けてしまっているように思います。
たとえ自分自身の気持ちがしっかりと強く芯があったとしてもすべてを受け入れたつもりが、我が優先してしまうことがありバランスを欠いてしまう。
強ければ、自信であったり強いなりの個性や芯があったりしてきちんと受け入れられないこともある
たとえ自分自身の気持ちが弱く何もないから受け入れることができない訳でないのです。
気持ちが弱くなってしまうと、そもそも物事から逃げてしまうことが多くなり、なんだか解らないままに聞き流してしまうことにもなる。
他者、他用を受け入れるということは、元より自分自身の強さや弱さは関係なく、今の自分を知り自分を受け入れることから始まる。
聞いたこと、ものに対して自分がどう行動に変換していくことが大切で、迷ったり判断できずに時間だけが過ぎてしまうことがいちばん恐いことだったりする。
すると、ただ知っているというだけの他人事になっていく。
知っているのにやらないという何の弁解の余地もない状況に陥るのです。
(後悔という)
さらにそれを口にしないでいると、いろんな上塗りがされていくのでさらに状況は悪くなるはず…
自分以外のヒトモノから与えられる良いことも悪いこともしっかりと受け止め、取捨選択をし、自らの行動に変えることから本当のその人の人生が始まる。
言い換えれば
自らの惰性ではない行動が自分の人生を決め、つくられていく…
その積み重ねが幸せのひとつになっていくのだと信じています。
人のココロは、強さでも弱さでもなく、フラットな気持ち自然体でいられることが大切なことなのだと思うのです。
人を含めた自然という繋がりを信じること。
自身を含めた信じられる関係を築いていくことこそが必要不可欠なことかもしれません。
山伏修行で『うけたもう』というのは、日常で出来ていない“すべてを受け入れる”ということを出来るようになるための気づきを頂くことでもある。
山での修行でなくとも里での修行(日常)
今ここでできること
今の自分自身を受け止め知り
森の中同様に今まわりにあるモノ、コトをすべて受け入れる
それをどう考え“行動”できるかで自分自身の未来を形づくることができるのだと思う。
アウトドア好きな人に聞くとよくあること
そのひとつとして、決断力、判断力がつくということがある。
その判断の正解不正解は別として 自然は、一個人を待ってはくれない。。。 与えられた環境、状況を判断することが求められるのです。 それが、命を守ることにもつながったりするのです。
〈山行にて〉
先日、那須のお山へ行ってきました。
身体を動かすべくトレーニングの一環です!

ロードバイクで坂を登り、
その後、山を登っていると…
流石に足が辛くなってくるのです。
気がつくと下をみていました。

辛い時は、下を向きがちになる
山を登っているとふと気づかされる
急な坂道に足があがらず
危ないと思うせいなのか足元をみてしまう…
もちろん、それも転ばない大切の行動でもある。
辛く立ち止まり、ふと息をつく
見上げてみる
見下ろしてみる
もしかして、向こう側の方が段差も少なく登りやすかったかも…

見上げてみるときれいな青空が広がっている
石ころを見ているよっぽど気持ちがいいはず!
しかも下を見続けることは、本来人の骨格では楽な体制ではない
頭の重さを支えるためにも前を向いていたり、下よりは上を見ている方が絶対に楽なはず。
下を向く行為は、力を抜いて楽にしているようで実はものすごく身体に負担をかけているのかも。
すべてが悪循環になっていく…
スキーも初心者の時は、板の先端が重ならないようにどうしても板をみてしまう
すると、ターンのタイミングもなにも判らなくなって慌てた結果転んだりする。
歩きよりも斜面で自分の思った以上のスピードがでれば尚更対応ができない…
スキーも次のターンをどこでしたいのかを先を見ながら、ストックで準備を整えタイミングをみて曲ったり止まったりするもの。
ゆえに目線は真下ではなく先だったりする。
山でも登山道という道はあるが、廊下のような平坦なところではない 大きな石も小さな石も
動く石も動かない石もその道のどこをどう歩くかだけでも
怪我のリスクも疲れ方だって変わってくるもの

自分が進みたい道、方向はどこなのか
前を向き選べる範囲を出来るだけ広くしていた方が絶対にいい
どの石の上に足を載せるのか
うまく上がれるか
転んでしまうのか
選んだ自分の責任でだれのせいでもないのです。
自然というフィールドは、常に選択を迫られます。
成功も失敗も…
その選択という行動で自身が磨かれていくのです。
思った通りの行動が出来、達成出来たときの方が自己肯定感だって持てるはず。
不整地の道を転けずに歩けたとか
そうやって歩き方だってうまくなっていくのだと。
自然界でいうなら
よほどの雨、風でなければ
やはり前を向いて歩みを進めるべきである。
これは山でなくとも
日常でも同じことだと気づかされる
前向きに
自分を信じて
行動するからこそ
結果を知ることが出来る
その結果がどのようなものであれ
しっかりとうけいれて
次の行動へと変えていくべきもの
往生際が悪かろうと
やり続けたものが
願った結果を得られたり、
それに準ずる満足の結果を手にする
そう信じています。
高みを目指すのであれば
より良いルートを見つけるべきなのです。
直登は、早いかもしれないけれど体力の消耗は大きい
小さな一歩を斜めでもいい
むしろその方がいいかも…
続けられる一歩を確実に行動し続けた結果はある意味で遠まわり
自転車で坂をまっすぐに登ると
ある角度になるとまったく登れなくなる
けれど、斜めに蛇行しながらなら登りきることが出来ることがある。
それは車も同じ。
一般的な車が通る登り坂は、いろは坂のようにくねくねと曲がっています。

まっすぐに登れるとすれば、
それは、むかし通っていたケーブルカーくらいしかありません!!
自分の持っているチカラに合わせて
自分の選んだ道を
自分に合ったペースで
登った先に必ずゴールが待っている

富士山だって、数えきれないほどのジグザグの登山道をあがっていくのです。
どんな高みの山であっても
歩みを止めなければ
必ず登頂します!
山も川もそれ以外も
直登も落水(滝)も近道もなかなか厳しい
登れなかったり下れなかったり
なんなら行きたくても行けないことが多い
自分のペースで自分の思うように行動することが 実は近道ではない自分だけの道となる。
止めないことが何より大切な要素になるのですが…
止まらないためにも
少しでも楽しく愉しく
様々なモノコトを感じながら
自分らしく
日々を過ごしていきたいですね♪
今週も最後まで読んで下さりありがとうございます♪
私たち那須住宅は栃木県大田原市、那須塩原市、那須町を中心に高気密高断熱住宅を自然素材を使って新築(注文住宅)・リフォーム・リノベーションの設計、施工を行っています。
耐震等級3(許容応力度計算)・UA値0.3・C値0.3・自然素材でつくる工務店です。






































































































コメント